大道寺 教会は山口県のキリスト教会

大道寺と教会の関係は、山口県の歴史では深いものがあります。 大道寺は、もともと現在の山口市にあったお寺ですが、天文20年(1551)の4月、サビエルが、当時この地を治めていた大 内義隆のもとにやってきて、公式に領主義隆に会って布教の許しを得てからは、大道寺は教会として、サビエルが使うようになりました。 こうして、日本初のキリスト教会というものは、当時は、廃寺になっていた大道寺が教会として使われるようになったのが始まりです。

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大道寺 教会はザビエルの教会

大道寺が教会として使われる前は、サビエルは京都に入って、全国伝道の許可を後奈良天皇か、将軍足利義輝から得ようとしました。 しかし、当時は、応仁の乱から続く政情不安が京都にはあったため、同意が得られず、しかたなしに、サビエルは、前に一度訪れていた山 口を再度訪問して、そこで、本来ならば天皇か将軍に献上する予定のつもりで西洋より持参した望遠鏡、洋琴、時計、書籍など、貴重な品物 を義隆に贈ったところ、義隆から大道寺を教会として使うよう許可が得られたという経緯があるのです。

大道寺 教会とザビエルの布教活動

そうして、サビエルは、現在はサビエル公園になっている大道寺を拠点にして、同行のホアン・フェルナンデス修道士と一緒に、山口の辻々に 立って布教に努め始めました。 その時の言葉としては、「神の愛は寛容で深いものです。 不正をきらって、真理を尊ぶ心を持つことです。 このように、日ごろの神への祈りをかかさずにいれば、ゆるぎない信頼が世間には生まれ、それが個人や社会に平安をもたらすのです。」

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大道寺 教会に観光・祈りに行こう

このように、大道寺を教会拠点として、山口市で熱心に大衆に説いて回ったことでしょう。そうするうちに、やがて約500人もの信者ができたと伝 えられています。 その様子は、山口市の中心部にサビエル記念聖堂というものがあって、そこに記されています。 そんなザビエルの思いが詰まった大道寺教会に観光に来る人が毎年たくさんいるそうです。もちろん観光目的でなく,祈りを捧げる人も毎日訪れます。 大道寺教会はそれだけの人の思いが寄せられる教会なのです。

大道寺 教会のザビエル祈念碑とビリヨン神父の像

それから、サビエル公園の片隅に、ビリヨン神父の像というものが建っています。 神父はフランス人で、まだキリスト教が解禁される前の慶応年間に日本にやってきて、宣教の先駆者として苦難の道を歩んだと言われています。 そうして、明治22年になって、山口のキリスト教会に着任しました。 彼は、日本キリスト教会発祥の地である大道寺が教会として使われた跡を探ることに乗り出しました。 当時、大道寺は、大内氏が亡んだ後になると、日本におけるキリシタン弾圧のことなどもあって、その遺跡はどこかわからなくなっていました。 なんとか、彼は、大道寺が教会として使われた跡を策定することができました。 そこで、当時の政財界の大物に働きかけて、サビエルの記念碑を建設してもらったのでした。 その傍らに彼の像も建っているのです。 以上、大道寺と教会の関係を記しました。